~ 顕在化(奇数先手)と潜在化(偶数先手)を整理する
関西ヌース恒例の「上半期総集編プラス!」・・・1月から毎月歩んで来た「顕在化」の道のりを半年が過ぎた時点でいったん整理統合・束ねて凝縮化し、後半の展開に備える重要な意味を持っている。
だが今年(2023)のそれは、特別に重要なものとなった。というのも来年(2024)は「顕在化」の最終段階(ψ12の年)となるが、「ψ11とψ12」の顕在化は2つでセットとなり(位置の同一化)、「ψ12はψ*11の顕在化」でもあるのだから、実質は今年の「ψ11顕在化」が「最終プロセス」になっている。
その「最終プロセス」の全貌が、この「上半期」に見えてくる・・・私自身、このような展開になるとは思ってもみなかった。すべてを「前」に委ねて歩んで来た関西ヌース「顕在化の道」・・・事実は小説よりも奇なるサプライズを持って私たちを待ち構えていた・・・。
「顕在化のプロセス」の最終段階である「位置の統一化」「位置の同一化」・・・今回、この方向性がはっきりと姿を顕してきた。今年の「上半期総集編プラス!」ではそのようなレクチャーを展開している。
その理解を深める為には、改めて「顕在化と潜在化」の違いをはっきりさせる必要がある。
既存のスピリチュアルは、ほぼすべて「潜在化」であると言えるだろう。これは良し悪しのことではない。「現実社会でいかに良く生きるか」という方向性・・・現実によく適応し、豊かに幸せに生きるということならば、問答無用に「潜在化」である。
そのような「豊かさ」が成立している足下では、無数の矛盾・混乱・差別・戦争・恐怖と絶望がひしめきあっている。血と涙が流れている。既に経済的にも全世界の人々が繋がっているのだから、すべての事が関係しあっている「縁起」の世界である。私たちの魂はこのような矛盾を100%認識している。
だから魂は「顕在化」を志向するのだ。「顕在化」こそは「人類全体」で稼働する「魂の衝動」に他ならない。
また「ニヒリズム」とも混同してはならない。「すべては移り変わる」「絶対的真理などない」・・・お手軽に賢者モードに入れるニヒリズムが蔓延している。目覚めのプロセスとしてはむしろ肯定するが、そこで止まれば「論破王の自己満足」しか残っていない。
違う。「顕在化」と「ニヒリズム」はスタートこそは同じ「問い」から始まる・・・「なぜ存在するのか、むしろ無ではないのか」・・・。そしてニヒリズムは「無」を理解し引き返す。そこで問うのを止める。しかし顕在化はその先へと進む。そして「答え」に「なる」のだ!
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