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2019年06月号 『原因論と目的論 パートⅡ』

テーマ:「中今の感覚化と不死の思考まで」
イエスが道をとおっておられるとき、生まれつきの盲人を見られた。弟子たちはイエスに尋ねていった、「先生、この人が生まれつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それとも両親ですか」。イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したものでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。」 新約聖書ヨハネ9章1~3節
 
障害者を見て、何の罪が原因かとまさぐる弟子たち。これが「原因論」の典型です。そんな原因論者に対して、イエスの回答は実に痛快。曰く、誰の罪でもない、神のみわざが現れるためだと。このイエスの回答こそが、まさしく「目的論」です。
 
真実の「目的論」、これを聖人のありがたい話に留めておく時代は過ぎ去りました。今や私たちの誰もが、日常生活において、この領域に生きる時なのです。ヌーソロジーの空間認識をもってすれば、それは可能。原因論は人間型ゲシュタルト。目的論は変換人型ゲシュタルト。
 
先月に続く「目的論」の第2弾は、より実践的な内容へと深めて行きます。

2019年06月号 『原因論と目的論 パート2』【DVD版】

中今の感覚化と不死の思考まで

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