テーマ:2025年総決算「重心」として生きる
~ 二次が一次を代理した500年を超えて…中心ではなく重心へ ~
●今年の全テーマは、この一点へ収束していた
毎年12月は恒例の総決算回である。今年も関西ヌース2025年の歩みを振り返りながら、一年を通して扱ってきたテーマ群を、いま一度、一本の流れとして見直すこととなった。
2025年の展望に始まり、単一素粒子やAIミラーリングを経て、「意識の位置を問い直す」シリーズとしてデカルト以降の位置の喪失を整理し、カント・フッサール・ニーチェを経由して、メルロ=ポンティの身体論へと至った一年である。その試行錯誤の痕跡は、一見すると多岐にわたる。
しかしながら、やはり「前」は確実に一本の糸で関西ヌースを導いてきた。一見バラバラに見えた話題の奥から浮かび上がってきたのは、
「原点ではなく、重心として生きる」…(位置)
「因果ではなく、生成としての自分を知る」…(時間)
という、位置と時間の決定的なシフトだったのである。
●原点から多様体へ、そして「位置」が立ち上がる重心へ
デカルトの座標系には必ず原点がある。そこから「世界は外に広がり、私はその中の一点にいる」という素朴実在論が固まっていく。近代はやがて原点を相対化し、多様体的な脱中心化の世界観へと進むが、多様体だけでは骨組みがなく、意味が宙づりになる。ニヒリズムだ。
そして重要なのは、原点も多様体も「位置」を語っているようでいて、真の意味での位置にはまだ届かないという点である。位置とは、全体像を掴んだうえで初めて成立する部分知だ。全体像を欠いた部分知は群盲象であり、断片を語っても真実は言い当てられない。
本作が語る重心とは、その全体像が立ち上がる足場であり、「8」によって初めて位置が立つ場である。二元相対→三位一体→四位一体が、さらにもう一組要請され、内外、主客、自他がからみ合う変換の中点が現れる。そこで初めて、原点でも相対でもない「位置」が現場として成立する。
●因果ではなく生成へ…「今・今・今」に自分を置き直す
原因と結果の時間観は、起こっていることすべてを後づけの説明に変えてしまう。究極原因として神を置くか、すべて偶然と放棄するか。どちらも同じ因果フレームの裏表である。そして生命は、このフレームからはこぼれ落ちる。
生成はその外側で起こっている。前後ではなく“いま”としての立ち上がりであり、逆家系図としてぐるぐる更新し続ける「今・今・今」の時間である。その時間の側へ自分を置き直すとき、わたしは「いつか死ぬ個体」である前に、「生成そのもの」として輪郭を帯びてくる。これが生命の実相である。
年末の総決算にふさわしく、本作はこの生成の感覚を中心に据え、「重心=身体=神」という一点に向けて、2025年の全テーマを束ねて締めくくることができた。これが「前」の意図だったのだ。そして、次の年へ渡すための、土台固めを要請してきている。
──この回で掴んだ「芯」は、2026年以降の転換の時代を貫く羅針盤となる。2039年「入神」までの歩みの中心軸を、ここで受け取ってほしい
2025年12月号 『2025年総決算~「重心」として生きる』【DVD版】
関西ヌーソロジー教室2025(年末スペシャル)
テーマ:2025年総決算「重心」として生きる
~ 二次が一次を代理した500年を超えて…中心ではなく重心へ ~
原点と多様体は、「位置」を語っているようでいて、まだ位置ではない。
全体像を欠いた部分知は群盲象であり、断片を語っても真実は言い当てられない。
「8」によって初めて位置が立つ――重心とは、その足場である。
因果の後づけを断ち切り、「今・今・今」の生成へ自分を置き直すとき、わたしは生成そのものとして輪郭を帯びてくる。
2026年以降の転換の時代を貫く羅針盤、その芯がここにある。
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GAKU MATSUSE (金曜日, 06 2月 2026 14:48)
年末スペシャルよかった!2025年にふさわしい内容だ。
2025年1月:いよいよ他者がやって来る。に始まって、
毎月毎月よくぞまあ!ネタ切れしないものだ。と思って
毎月DVDを見てる。統心さん!は毎月、系統立てて
渾身の投げかけをしていた!12月の重心として生きる
に至るまで、本当にぶれてない!一点の曇りもない!
クライマックスはP22だ。先月のP28~30の復習をかねた、
メルロポンティはすごい!ベルクソンよりも具体的であり、
かつ発展型だ。身体を中心として、生活世界の事を、
語る。こちらの方が本流で好き!それを鏡の奥義として
分かりやすく語る、川瀬統心も凄い!